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第四回日本三大御湯 湯平温泉(大分県)

宮城県の「峩々(がが)温泉」、群馬県の「四万(しま)温泉」と並んで「日本三大胃腸病の湯」に数えられているのが、大分県の「湯平(ゆのひら)温泉」です。

石畳の風情が素晴らしい落ち着いた温泉地

湯平温泉は、大分県中央部にある由布市にあり、その歴史は鎌倉時代から始まったと言われています。

同じ市内の由布院温泉や隣接する別府市の別府温泉などと並ぶ大分県の名湯として古くから知られていますが、海沿いの平野の市街地に点在する別府温泉やJR駅周辺一帯に広がる由布院温泉とは一線を画し、湯平温泉は花合野川(かごのがわ)上流、川沿いの小さな谷にあるこぢんまりとした温泉街で、その風情自体が俗世間から隔離された別天地の趣を醸し出している、何とも深い味わいのある温泉街と言えるでしょう。

湯平温泉をはじめとする由布市湯布院(旧湯布院町)の温泉地は、古くから静かな温泉地として根強い人気を誇り、「東の軽井沢、西の湯布院」と称されています。

大規模の旅館やリゾートホテル、そしてネオンサインがきらめくいわゆる歓楽街がないために派手な印象には欠けますが、それが却って落ち着いた温泉街のイメージを醸造し、じっくりと湯治ができる風情の根幹となっています。

また、この点が近隣の別府温泉とは異なった趣のため、リピーターとなる観光客が多いことでも知られており、特に女性や若い観光客に高い人気を誇っています。

落ち着いた湯の街を現在まで守り通している湯平温泉のシンボルとも言えるのが、温泉街の入口から約500mにわたって延びる石畳の道です。

江戸時代中期の享保年間(1716~1735年)、この地を土石流(山津波)が襲い、その影響で疫病が発生しました。病魔退散の祈りを込めて立ち上がったのが地元の惣庄屋であった工藤三助という人物でした。

彼は湯平の町を修復するために地元住民たちを従え、花合野川(かごのがわ)の石を用いて道を石畳で舗装し温泉街を貫きました。これが現在残っている湯平の石畳の発祥です。

工藤三助はこの地の他、現在の大分市にある野津原三渠(のつはるさんきょ)という用水路を開掘するなど、当時この地域を支配していた肥後藩領域内の多くの水路開拓や治水事業に功績を残した人物です。

以降、この温泉地が人々に愛され続けてきた精神の源は、工藤三助の「人のために尽くす心」が影響しているのかもしれません。

ちなみに、旧町名の「湯布院」とは「湯平村」と「由布院町」が合併した際に付けられた地名であり、「湯布院」表記の「湯」は「湯平」の「湯」の字からきています。このことから、ここ湯平温泉がこの地方を代表する温泉地であることがうかがい知れます。

著名な文人たちが愛し全国販売もされていたお湯

鎌倉時代から良好な湯治場として知られ、室町時代の史料からもそのことが確認できる湯平温泉ですが、残念なことに江戸時代や明治時代の大火によって古文書の多くが消失してしまい、それ以前の確かな歴史をたどることが難しくなっています。

しかし、工藤三助の尽力からもこの温泉地が多くの人々に大切にされ、また地元肥後藩の手厚い加護を受けていたことは容易に想像できます。

大正時代から昭和初期にかけては湯治場として絶大な人気を誇り、その温泉の効能は広く知れ渡って「西の横綱」と呼ばれていたそうです。

「七つの子」「赤い靴」「シャボン玉」「雨降りお月さん」「証城寺の狸囃子(しょうじょうじのたぬきばやし)」などの作品で知られる童謡詩人の野口雨情や、律俳句の第一人者・種田山頭火も1930年(昭和5年)に、この地に宿泊しいくつかの名句を残していくなど、多くの文人墨客たちにも愛されました。

とりわけ種田山頭火には強い想い入れがあるようで、湯平温泉では山頭火にちなんだ祭りを毎年開催しているなど、今でもこの孤高の俳人を崇めています。

さて、多くの人々が惹かれている湯平温泉の主泉質は、ナトリウム塩化物・硫酸塩泉で、かつては「弱食塩泉」に分類されていました。

この泉質は、火成岩の多い地層から湧出する温泉で、太古の海水が閉じこめられた「化石水」が地下の大深度からあらゆる鉱石の成分を溶かしつつ湧出するもので、食塩以外にも多くの成分要素が入ったものです。

血液の循環を促進させ、痛みを和らげる鎮静効果が期待されますが、この湯平温泉のお湯は特に胃液の分泌を促進する効果で知られています。

お宿に泊まって共同浴場をはしごするのが最高

「ひなびた温泉地」という形容が最高の賛辞となるのが湯平温泉の特徴です。

ギラギラのネオンも林立するリゾートホテルもここには無縁のもの。小規模な宿が多く、いずれも上質なおもてなし精神に満ちたぬくもりのある温泉宿です。

湯平温泉を100%満喫するためには、お宿に宿泊をして、石畳を歩いて共同浴場をはしごすることが何よりのおすすめです。

現在、湯平温泉には5つの共同浴場があります。それぞれに個性があり、いずれも200円で利用できます。

朝早くから夜遅くまで入ることができるのは温泉好きにとってうれしいものですね。 以下、5つの共同浴場をご紹介致します。

銀の湯・足湯

橋本温泉から花合野川を南へ遡上し、石畳通り入口にあるのが「銀の湯」です。

昔は花合野川の中にあったという温泉で、お湯の中に銀色の粉のような「湯の花」が混じっていたことから、この名が付けられたとされています。

ここの湯が温泉街の中で最も熱いとされていますが、慣れていない方には併設されている足湯がおすすめです。

【営業時間】6時~21時30分

砂湯(中央温泉)

石畳に入って旅館街を歩き、石畳の駅待合所の右手の橋を渡ると、そこに砂湯があります。

「砂湯」と言っても砂風呂ではなく、花合野川の川面の近くにあり、川の増水の際に土砂が入り込んだことから地元の人々にその名称で呼ばれており、正式な名前を「中央温泉」と名乗ったこともあったため、それらの両方の名で呼ばれています。

川のほとりに建つ姿はユニークで、なぜこんな場所に建てたのか不思議に思えてきます。しかし、お湯が湧いている場所をそのままお風呂にすることが源泉の恵みをそのまま頂くことです。このシンプルな発想こそが温泉地たるものの姿ではないでしょうか。

【営業時間】6時~21時30分

中の湯

石畳に戻り、さらに南へ進んで行くと右手にあるのが「中の湯」です。

文字通り坂道の中央部にあります。浴室がひとつしかないため、奇数日は女性専用、偶数日は男性専用となります。

近年リニューアルオープンされたきれいな浴室には大きめの窓が開いており、花合野川の美しい渓流が見下ろせます。

屋上にはテラスも設置してあり、湯上がりにここで一休みするのもとても心地良く、人気の共同浴場です。

【営業時間】6時~21時

橋本温泉

1922年(大正11年)に、5つ目の共同浴場として造られたのが「橋本温泉」です。現在は浴槽がぬるめ、熱めの2つに仕切られています。

湯平共同浴場の中では最も広く、ゆったりと入浴を楽しむことができます。

【営業時間】6時~21時30分

金の湯

「中の湯」から橋を渡った所にある、湯平温泉で最も古く最も人気のある共同浴場です。

かつてはその源泉に土が混じっており、その色から「金の湯」と名付けられましたが、近年は無色透明のお湯になっています。

【営業時間】6時~22時

【入浴料金】200円

※入浴料金は各共同浴場前の賽銭箱に納めて下さい。