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第三回日本三大御湯 野沢温泉(長野県)

長野県の野沢温泉は「日本三大御湯」のひとつに数えられている由緒ある温泉地です。長い歴史を持つ名湯ですが、地元の方々とふれあえる気さくな温泉でもあります。

「御湯」野沢温泉が庶民に広がるまで

大湯

順徳天皇(在位1210~1221年)が著した「八雲御抄(やくもみしょう)」には、9つの温泉地が取り上げられていますが、その内の名取湯(秋保温泉:宮城県)、信濃湯(別所温泉:長野県)、そして犬飼湯(野沢温泉:長野県)の3つは「御湯(みゆ)」と称され、天皇直々に選ばれた温泉として誉(ほま)れ高く現在にまで伝わっています。

足湯

野沢温泉は長野県の北部、下高井郡野沢温泉村、標高1,650mの古い火山・毛無山の裾野にある温泉地です。その地名を取った漬物「野沢菜」でも知られており、周りには有名なスキー場もあります。

この温泉を発見したのは、奈良時代の高僧・行基だと言われています。聖武天皇の命を受け、奈良に大仏を建立するための協力を仰ぐため諸国を説き歩いていた行基が発掘した温泉地は各地にもありますが、野沢温泉もその中のひとつです。

鎌倉時代中期の記録には、この辺りが「湯山村」と呼ばれていたことが記されています。「湯の山の村」、まさに野沢温泉にぴったりのネーミングから、この頃はすでに温泉地として知られていたことが容易に想像できます。

江戸時代初期には、飯山藩主の松平氏が惣湯(現在の「大湯」)に建てた別荘の浴場を一般にも開放したことにより、地元民のみならず遠方からの旅行客など、多くの人々がこの地に湯治を目的に来るようになりました。

江戸時代後期の天保年間には、江戸幕府の直轄領として湯治宿が24軒もあったことが記録されており、そのおよそ40年後の明治初期には24,000人以上の湯治客が村を訪れていました。

その後大正時代には、地元にスキーの同好会が発足し、「温泉+スキー」による観光産業を主とした村づくりが始められました。近隣には、徐々に鉄道などの交通も通じ、さらにいくつものスキー大会が開催されるなどして野沢温泉とスキー場の知名度は着実に上がっていき、村の発展に繋がっていったのです。

そして1953年(昭和28年)に、自治体名をそれまでの「豊郷村(とよさとむら)」から「野沢温泉村」に変更しました。この名前は今でも引き継がれており、温泉地の名前がそのまま自治体の名前になった珍しい例となっています。

外湯めぐりで村の人々と温かい交流を

麻釜

野沢温泉村は、湧き出るお湯が地元の人たちの生活の真ん中にある村です。

中でも注目なのは「麻釜(おがま)」と呼ばれるお湯が湧き出している源泉です。江戸時代には、麻の皮を剥く際にまずこの源泉に浸してから剥いたことから「麻釜」の字が当てはめられたと伝えられています。

湧き出すお湯の温度は100℃近くにも及ぶために観光客の立ち入りは禁止されていますが、見学することは可能です。地元の人たちは、今でもここで野菜や卵を茹でており、その素朴ながらもダイナミックな光景からは、昔ながらの温泉町の風情が感じられます。

この「麻釜」の清掃や管理は、地元住民の人たちが交代で行なっており、このような住民の自主管理の姿勢は共同浴場にも活かされています。浴場の利用者として維持・管理を行なう住民団体は「湯仲間」と呼ばれており、同時に「湯仲間」は観光客をあたたかく迎えてくれる観光大使のような存在でもあります。

野沢温泉の一番の魅力は、こうした地元の人たちと共にお湯が楽しめる「外湯」めぐりにあると言っても良いでしょう。ただし、観光客としての節度を保って「お湯を頂く」謙虚な心が必要であることは言うまでもありません。

13ヵ所の共同浴場

野沢温泉

野沢温泉には、現在13ヵ所の外湯があります。ゆっくり湯に浸かりながら地元の皆さんとのあたたかい交流を楽しむことができます。

(※外湯利用時間:4月~11月は5時~23時、12月~3月は6時~23時)

大湯

大湯

温泉街の中心にある「大湯(おおゆ)」は、江戸時代の湯屋建築がとても美しい野沢温泉のシンボルとも言える共同浴場です。飯山藩主の松平氏が江戸初期に庶民に開放した湯で、野沢温泉が一般的に利用されるきっかけとなった場所です。

当時は「惣湯」と呼ばれていましたが、「惣」は農民による村落共同体を意味し、現在も続く「湯仲間」のルーツでもあります。

ここのお湯は、胃腸病・リウマチ・婦人病・中風に効果があると言われています。

河原湯

「河原湯(かわはらゆ)」は、かつては渓流沿いの河原に設置していたのでこの名が付いていますが、現在は大湯の西にあります。ここが河原湯源泉で、皮膚病に効果的とされるお湯が楽しめます。

秋葉の湯

文部省唱歌「春が来た」「故郷」「朧月夜」などの作詞者として知られる高野辰之を讃える記念館「おぼろ月夜の館」の上にあるのが「秋葉の湯(あきはのゆ)」です。源泉は麻釜で、痔核・糖尿病・リウマチ・中風・神経痛などに効くと言われています。

麻釜の湯

麻釜(おがま)の西にあり源泉も麻釜ですが、「麻釜の湯」と書いてこちらは「あさがまのゆ」と読みます。秋葉の湯と同様に痔核・糖尿病・リウマチ・中風・神経痛などに効果的とされています。

真湯

「真湯(しんゆ)」は、温泉街の北のつつじ山公園入り口にあります。ここが真湯源泉であり、痔核など体を温める必要がある病によく効くと言われています。

上寺湯

真湯から坂を下った所には「上寺湯(かみてらゆ)」があります。源泉は麻釜で、切傷や火傷、おできあとに効果があると言われています。

熊の手洗湯

「熊の手洗湯(くまのてあらゆ)」は、野沢温泉発祥の湯のひとつであり、クマが発見したとの伝説があります。ここが源泉であり、火傷や切傷に効果的と言われています。

松葉の湯

ここにはかつて矢場があり、「的場」が変化して「松葉の湯(まつばのゆ)」と呼ばれるようになりました。麻釜を源泉とし、効能も麻釜と同じです。

中尾の湯

13の共同浴場のうち最も南に位置し、最も大きな木造建築の湯屋です。麻釜を源泉としており、皮膚病・リウマチ・婦人病・鉛水銀中毒などに効くと言われる湯です。

新田の湯

幕末期に開拓された新田の地にある「新田の湯」。源泉は麻釜で、痔核・リウマチ・糖尿病などに効果的とされています。

滝の湯

麻釜源泉の少し北に登った所、13ヵ所の最も北に位置する「滝の湯」はこぢんまりとした木造の湯屋。重病後の回復期などに効果があるとされています。

横落の湯

横落(よこち)交差点の角の地下にある湯です。特に皮膚病によく効くと評判の湯です。源泉は麻釜です。

十王堂の湯

「おぼろ月夜の館」の西、閻魔堂の向かい側にある二階建ての湯屋が「十王堂(じゅうおうどう)の湯」です。麻釜と湯ノ宮を源泉としており、効能は大湯とほぼ同じです。

外湯の利用料金には規定がありません。それぞれの共同浴場には賽銭箱が置かれてあり、利用者はそこに自分の「気持ち」として任意のお金を納めて入浴をさせて頂く決まりになっています。