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文化人がこよなく愛した名湯 道後温泉×夏目漱石

明治期の文豪、夏目漱石の小説『坊っちゃん』の舞台となった愛媛県松山市の道後温泉。日本三古湯のひとつとしても知られる名湯について、作品をたどりながらご紹介致します。

坊っちゃんが通った住田の温泉

「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」─愛媛県尋常中学校で教師を務めていたことのある漱石自身の体験をもとに書かれた小説『坊っちゃん』は、こんな一文から始まります。

主人公の坊っちゃんは、東京の物理学校を卒業すると同時に生まれ育った故郷を離れ、四国の中学校で数学の教師になります。

生粋の江戸っ子である彼は、のんびりとした田舎町の生活に馴染めませんでしたが、温泉だけは次のように褒めています。

「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行くことに極(き)めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」─坊っちゃんが“住田の温泉”と言っているのが「道後温泉」のことです。

ところで、道後温泉は日本最古の温泉と言われていますが、その理由は、この地で約3千年前(縄文中期)の土器が出土しており、当時の人々が沐浴をしていたであろうと推定されるためだそうです。

古代から湧出していた温泉だけに、「白鷺伝説」という温泉発見にまつわる不思議な伝説も残されています。

白鷺伝説

足にケガをして苦しんでいた白鷺が岩間から吹き出している温泉を見付け、日々その温泉に足を浸しているうちに傷が癒え、元気に飛び去っていきました。

それを見た人たちが白鷺の真似をして湯に浸かったところ、病気が治り疲れが癒えたため、その評判が広まり、多くの人々が湯治に利用するようになったそうです。

“15畳の湯壺”を備える道後温泉本館

温泉街のシンボルとも言えるのが、1894年(明治27年)に建てられた共同浴場「道後温泉本館」です。漱石は作品のなかで、この施設をこんなふうに描いています。

「温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目へ茶を載せて出す。おれはいつでも上等へ這入った。(中略)湯壺は花崗石(みかげいし)を畳み上げて、十五畳敷位の広さに仕切ってある。

大抵は十三四人漬ってるがたまには誰も居ないことがある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのは中々愉快だ。おれは人の居ないのを見済しては十五畳の湯壺を泳ぎ巡って喜んでいた」─湯船が広々としていて湯量のたっぷりある、大人でも思わず泳ぎたくなってしまう程、快適な温泉であることが伝わってきます。

文中に“三階の新築”とある通り、道後温泉本館は3階建てで、2階席と階下に分けられている「神の湯」、3階個室と2階席に分けられている「霊(たま)の湯」、1890年(明治23年)に建てられた皇室専用の浴室「又新殿(ゆうしんでん)」などを備え、1994年(平成6年)に国の重要文化財として指定されています。

建物の屋上には、赤いガラスをはめ込んだ刻太鼓やぐらの振鷺閣(しんろかく)が設置されており、朝・昼・夕の3回、太鼓が打ち鳴らされます。

気前の良い江戸っ子坊っちゃんも利用した?

道後温泉には18本の源泉があり、道後温泉本館をはじめ温泉街の各宿に供給されています。

加温も加水もしていない掛け流しのお湯は、なめらかな肌触りのアルカリ性単純温泉で、足の傷を癒したという白鷺伝説が残る程の温泉とあって、神経痛や関節痛、冷え症、慢性消化器病、疲労回復などに効能があるとされています。

共同浴場の道後温泉本館には、4つの入浴コースが用意されており、そのうち3つは入浴と休憩がセットになっていて、浴衣の貸し出しやお茶・お菓子のサービスが付いています。

道後温泉本館の入浴コース

◆ 霊の湯3階個室(入浴と休憩)
◆ 霊の湯2階席(入浴と休憩)
◆ 神の湯2階席(入浴と休憩)
◆ 神の湯階下(入浴)

坊っちゃんが「上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目へ茶を載せて出す」と言っているのは、もしかしてこの入浴コースのことを指しているのかもしれません。

また「おれはいつでも上等へ這入った」と自慢しているところをみると、“霊の湯3階個室コース”のような当時のサービスを利用していたのかもしれません。

道後温泉街には、坊っちゃん広場、坊っちゃんカラクリ時計、坊っちゃん列車といった見所があちこちに設けられています。小説『坊っちゃん』を手に、主人公気分でそぞろ歩きを楽しんでみてはいかがでしょう。